機内食 (食べ物エッセイ『くいいじ』より) | MOYOCO ANNO

機内食 (食べ物エッセイ『くいいじ』より)

くいいじweb9回:機内食 挿絵

旅から帰っていきなり風邪をひいてしまった。
思えば年末から倒れられない状況が続き、年が明けてからも旅行へ行く為に気をゆるめる事無く仕事をし、旅へ行ってからは毎日が楽しくて風邪をひく暇が無かった。
成田に着いてスタッフのミナちゃんから
「土日はゆっくりして下さい」
と言われてエヘへ…そうかゆっくりね…いい言葉だなー。と思いながら家に帰って荷解きもせずにうたた寝をした。
朝起きてみると喉が痛い。あれよあれよと言う間に喉の奥が腫れあがり物が飲み込めなくなった。
一日寝ていれば治るだろうと横になれば熱が出る。
朦朧としながら布団の中で考えていたのは、帰国の飛行機の中からずっと食べたかった蕎麦のこと、ひと筋であった。

これだけ全世界で日本食が食べられるようになった今日でも、それはあくまで
「海外で食べる事ができる日本食」
の域を出ない事が多い。
ロスの空港で入ったカフェには「UDONスープ」と名の付いた物品があったが、一目見ただけでそのうどんがコシも何も無い、只の小麦粉を練って細長くしたシロモノである事がよくわかる。
その上、具が有り得ない程大量の鶏肉なのだった。かしわうどんどころでは無い。
つまるところ、鶏肉のスープに具としてUDONが添えられている…と言ったところか。
いくら出汁の味に飢えているからと言ってそんな物に手を出す程落ちぶれちゃいない。
あと十二時間もすれば日本で美味しい蕎麦を食べられるのだから当然我慢だ。
そう思ってそこは乗り切った。
しかしその安心で油断をしたのか、やっちまったのである。
機内食で和食を頼んだら小さいうどんが付いていたのだ。
…しかも食べてしまった。よせばいいのに。
外国の航空会社にしては良心的と言える味ではあったが汁が甘い。甘すぎる。
だが機内食を責めてはいけない。
責めるべきは己れの喰い意地である。
そもそも私は基本的に機内食で和食を頼まない事にしている。
洋食や中華の大味なら我慢できるが日本食のは我慢ならん。
美味しかった例しが無いが、そもそも美味しいはずなど無いのである。
限られた場所と時間で大人数に食事を提供しなければならない飛行機で、積み込む時間や保温などの条件を考えれば地上と同じ物を望むのが無理な話なのだ。
それをわかっていて文句を言うのはよろしくないので、あらかじめあきらめのつく洋食にしてワインを飲むのが定石となっていた。
それなのに…今度に限ってこの連載の資料にしようと普段はろくに見ないメニューをせっせとメモしたのが仇となった。
なんと食事が三回も有るではないか。
十一時間とちょっとかかるので三食有ってもおかしくは無いけど食べ切れるだろうか?
もちろん食べたくなければいらないと言えば良いし、眠っていれば食べないまま到着と言う事も有る。
しかしついつい三食食べてしまうとどうなるか。…身動きできない機内での半日にしては摂取カロリーが多すぎるのである。
一番食べたいのは「ディナー」にあたるメニューの「ニョッキのソテー セージ風味ブラウンバターとマッシュルーム・モツァレラチーズ」。これは機内での三食目にあたる。
となると乗ってすぐの「朝食」や、昼にあたる「軽食」は軽いものにしたい。
ランチである「軽食」の和メニューを見ると
口取「たらば黄身焼き、子持昆布、黒豆串刺」
と有る。軽食なのにこの後焼物、炊き合わせ、御飯、椀ものと続く。どこが軽食か。
洋食メニューの方はルッコラと生ハムのサラダが前菜で、パスタか中華点心かで選べる。
軽めのランチは洋風で行く事に決めた。
すると残るは乗ってすぐの「朝食」だ。
朝からサーモンのテリーヌや、牛フィレや中華風ポークチョップを食べる気力は無い。ディナーにそなえて軽めにしたい。そこで和食を頼んでしまった。
そうしてうどんのうっかり食いに見舞われてしまったのである。
日本まであと少し我慢すれば美味しいのが食べられたのに喰い意地に負けて変なうどんを食べてしまう。このアホさこそ真のグルメと単なる喰い意地の張った人とを分ける境目だと思うがどうだろう。
ちなみにメニュー決定の基準となった「ディナー」は無かった。もっと遅い出発の人が「軽食」と「ディナー」になる、と言った意味のメニューだったらしい。アメリカへ行くのは初めてでもないのに三食あると頭から信じていた自分がいじましい。
そうして肝心の蕎麦は未だ食べられていないのである。

・食べ物エッセイ『くいいじ』<文藝春秋>より 
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