ハンバーガー(食べ物エッセイ『くいいじ』より) | MOYOCO ANNO

ハンバーガー(食べ物エッセイ『くいいじ』より)

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今猛烈にファーストキッチンのダブルチーズベーコンエッグバーガーが食べたい私。
ガーリックバター味のポテトも付けて。
仕事をしていると何故か突然ジャンクフードが食べたくなって困る。
そんな私が今かじって居るのは小さく小さく切ったプチトマトに細かく切ったブロッコリーの塩ゆで三切れだ。ポリポリ。
修行のような断食が終わり復食期間に入ったのは良いけれど、まるで虫もしくはウサギ。
しかし九日間の絶食の後、初めて口にした小さなブロッコリーの美味しさ!!
大げさだけれどこの世の野菜でブロッコリーが一番好き!! アイラブブロッコリー!!!ブロッコリーを抱きしめたい(うるさい)。
つまり体の中をクリーンにして、野菜や良質のたんぱく質を心の底から欲する様な、そんな体質になるのが断食のひとつの目的でも有ると言う事だ。
それはそれである意味成功していると言える。今の私はごく薄味もしくは味つけ無しの野菜をすごく美味しいと感じているし、毎回ほんのちょっぴりの食事を後生大事にいつまでも嚙んでいる。
実際今ジンギスカンに行きたいか、と言えば行っても食べられないなと思う。
ラムは嚙み応えがあるし、やわらかいラムヒレであっても飲み込んだ後消化できない気がして怖いのである。
同じ理由でフレンチやステーキなど元来の大好物であっても余りときめかない。
それに気付いてしまい、一生食べられなかったらどうしよう…と涙をこぼしそうになった。

しかしそれなのに!! 何故か体にやさしい野菜達とは対極に有るはずのハンバーガーには異様なまでに心惹かれるのだ。
どうして~!!
クリーンになどなった事の無い体が急に浄化されて
「え?オレんちってもっと汚れてなかった?」とか言ってあわててわざわざ散らかす、みたいな事なのだろうか。
兎に角もう街中のファーストフード店の宣伝フラッグに目を光らせてしまって自分でも抑制がきかないのである。
ダイエット特集の女性誌を開けば、その記事では無く付録のハワイ旅行小冊子の中のロコモコ丼や巨大なハワイアンバーガーに釘付け。
どうやら現在私が強く惹かれる食品は、肉と炭水化物、そして味が濃いんだけど今の自分でも消化できる物扌ハンバーガーと言う事になっているらしい。
仕事中もハンバーガーの話をしている。
「一度でいいから全種類のハンバーガーを並べて片っ端から食べてみたい」
とか
「歴代ハンバーガーの中でどこの何が一番好きだった?」
とか殆ど中学生だ。しかし中学生であればいくつも食べられたであろうハンバーガーも今や大きめのをひとつ食べればお腹一杯。
下手すると胃薬のお世話にならないといけない。妄想に体が付いて行けなくなるのは悲しい事だ。

そもそも何故太るのかと言えば、子供の頃無添加の物とか自然食品ばかり食べさせられて育った反動でジャンクフードが大好きだからである。
母が子供の健康を気遣ってくれた事と、そのお陰で健康である事には心から感謝もしているが、友達の食べているファーストフードへの憧れと飢餓感が根強くて、食生活はいわば二重人格となって居る。
普段は「体に良い物をバランス良く」とか考えて居るのに、急に裏の顔みたいにジャンクフードを食べたくなってしまうのである。
初めてひとり暮らしをして爆発的に太った時毎日何を食べていたかと言うと、レトルトのタイカレーを素麵にかけた「タイカレー素麵」。
早く出来て美味しくて、仕事の合間に食べるのにピッタリだった。
しかしそれが癖となって激しい時は日に二回も食べて居たのでどんどん太った。
たとえどんなに断食でデトックスしても、この心の底に燃えさかるジャンクフード好きの炎が有る限り又太ってしまう様な気がしてならない。
しかし一生握り拳大のブロッコリーとプチトマト二個、レタス三枚の生活を続けるなんて…いっその事虫にしてくれ!! と思うくらい寂しい。どうすれば良いのか。
食べたい物を食べてもある程度消費できる体を作るしか道は無いのである。
今まで何度も挫折したジム通いだが、「筋肉つけたい」とか明確な目標が無かったから続かなかったのだと今気付いた。
美味しい物を食べる為に!!
そう思えば絶対に続けられるに違い無い。
美味しい物を楽しく食べられる体になりたくて断食のダイエットをし、一生食べたいが為にトレーニングをする。
美容の為などでは無い。私はただ心おきなくダブルチーズベーコンエッグバーガーが食べたいだけである。

 

・食べ物エッセイ『くいいじ』<文藝春秋>より

 

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