甘い物(食べ物エッセイ『くいいじ』より) | MOYOCO ANNO

甘い物(食べ物エッセイ『くいいじ』より)

仕事中におやつを食べる男の人の割合が三割を超えたとニュースになっていた。
最高にどうでもいい。
そう思ったがおやつの唐辛子クッキーをかじりながらふと考える。
そんな事がニュースになる裏には「男がおやつなんて」と言った概念が未だに有るからではないのか。
おやつが甘い物とは決まっていない。
そして実際男性でも甘い物好きはかなり多い。
だけど何となく子供の頃から「男とは甘い物を食べないものである」みたいな感覚が自分の中にも根強く有るのは何故だろう。
かく言う私は物心ついた時から甘い物が大の苦手であった。
誕生日やクリスマスのケーキは出来ればビーフジャーキーに変えて欲しいと真剣に願った。
親戚の家へ遊びに行っても、子供だと言う理由でテーブルの上の大人達用お茶うけキムチは手を出す事を許されず、蕎麦ボーロ等が与えられる。いらねっつの!! と叫ぼうものなら下手するとロールケーキやシュークリームが出て来る。泣きそうになる。キムチが食べたくて。もちろん喜ばせようとして出してくれているのはわかっている。わがままの上にわがままを重ねる訳に行かない。沈痛な面持ちで
「わーい…」
とか言ってみるものの一向にフォークは進まない。
隣で妹はホッペにクリームをつけながら満面の笑みでイチゴショートを一気食い。
なんと子供らしく女の子らしいのだろうか。一方私は一センチ角に切ったケーキを口に入れただけで吐きそうになり、目はキムチに釘付けと言う意味不明の状態におちいっていた。
そして「甘い物が好きじゃない」事に起因する「女の子らしさの欠如」と言う謎のコンプレックスまで抱え始めるのであった。

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そもそもケーキに限らずサツマ芋、栗、南瓜と言った甘い野菜も食べられなかった。
野菜なのに甘いって何!! ぐらいに思っていた。そんなに甘い物を憎む中で例外としてチョコレートやシナモンシュガーの様に少量の苦みが有る物だけは好きで割と食べていたが、その他和菓子、アンコもの、砂糖入り玉子焼きに到っては側に寄るのも嫌だった。
前世で砂糖漬けの刑にでも処されたのだろうか。果物もメロンや柿の様に甘味の強い物はことごとく食べられない。
そしてそれらが苦手な女児と言うのは異端であるらしく、何かにつけて
「ええ?! コレが嫌いなの?」
と驚かれる。
驚かれるだけなら構わないけど、ケーキやクッキーの話で盛り上がる女の子のスイートな輪に入って行けず独りゆで玉子の事を考える…って暗い上に可愛さ皆無。ゆで玉子も美味しいと思わない?塩とマヨネーズどっちが好き?と無理矢理輪に乱入しようものなら、固すぎるゼリーにも似た弾力をもってやんわりとはじき出されるのであった。
そんな少女時代を送ったせいで普通よりも強く「甘味扌女」「辛味扌男」と言う構図を意識してしまうようになってしまった。

ところで私の夫は甘党なのである。
お酒も飲むけれど、ほっておくと金時豆に甘い玉子焼き、薄甘い味の高野豆腐で御飯を食べているし、ちょっとお茶でもと店に入ればすぐにケーキだのココアだの注文している。
ビールとナッツを注文する私。
するとお店の人は当然の様に私の前にケーキ、夫の前にビールを置く。
矢張り世間的にも甘い物は女、と言うイメージなのだ。しかし夫の甘党が私の男らしさを助長している様な気がしてならない。
八ツ当たり以外の何物でも無いが文句をつけた。
「男のくせに甘い物食べすぎじゃない?」
夫はガトーショコラをもぐもぐ食べながら
「うん、気を付けるよ」
と穏やかだ。辛い物を食べないからだろうか。
結婚前に彼の実家へ初めて行った時、一泊して翌朝の朝食は炊きたて御飯と紅白餅二個がドーンと入ったお汁粉であった。
お母さんが歓迎の気持ちを込めて朝から作ってくれたんだ…と思うと嬉しさがこみ上げて来たが同時に
「た…食べられない…」
と言う焦りで血の気が引いた。私は餅も苦手なのである。
しかしここで残す訳には行かない。覚悟を決めて文字通り一気に流し込んだ。ワラビーを飲み込む途中で喉に引っかかったニシキヘビの苦しみが頭に浮かんだが、涙目になりながらも事無きを得た。
しかし朝から汁粉って!!
と話していると、担当編集者に教えられた。
夫の実家が異様な甘党なのでは無く、西の方では割と甘い物がお祝いや日常の食卓にも多いと言う事を。
またしても無知を恥じる羽目になったが、今日も差し入れのシュークリームを食べながらレバ刺に思いを馳せる自分を
「男みたい…」
と思ってしまうのである。

 

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食べ物エッセイ『くいいじ』<文藝春秋>より

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