漫画家シチュー(食べ物エッセイ『くいいじ』より)

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先々月の事になるけれど、「少女マンガの半世紀」と言うトークセッションに参加させていただいた。
司会は里中満智子先生で、パネラーはわたなべまさこ先生と竹宮惠子先生と言う少女漫画ファンが身悶えする事間違い無しの顔ぶれだ。
その大御所に混じって「若手」と言う事で末席に加われたのは幸運と言う他無い。
しかも諸先生方のデビュー当時から今日迄の原稿をスライドで観ながら、それぞれの時代背景や当時のお仕事ぶりを御本人に解説してもらえるのである。
自分も壇上にあるのを忘れて会場の皆さんと一緒に夢中でお話を聞いた。

自分が子供の頃から繰り返し読んで育った憧れの先生方にこうして近くでお会い出来るチャンスと言うのも滅多に無い。
控え室にいる間も緊張してテーブルに用意してあるお菓子にすら手を伸ばす気にならない。大体こういう物を食べるから太るのだ。
私よりもずっと年上であるにもかかわらず美しくスマートでお仕事を続けている先生方は一体仕事中何を食べているのだろうか?
いや、決して食べ物の話だけじゃないのはわかっている。心の持ち方、生活の仕方、他にも沢山の条件と努力、持って生まれた資質も有っての今日だと言う事は。それでも自分ができるところから、と勇気を出してお聞きしてみた。

里中先生は一番沢山描いていた時、月産七百枚を超えたと言う。
私は腰を抜かしそうになった。もう全くケタが違う。漫画を余り読まない方にはピンと来ないかも知れないけれど週刊誌連載を二本やっていても月産と言うのは大体百五十~二百枚なのだ。男性作家でものすごく仕事量の多い人で例えば週刊二本と月刊三本くらいが限界じゃないだろうか。それでも五百を超えることは滅多に無い。
いや、もちろんもっと描いている人も居るだろうけれど里中先生の時代だと手塚治虫先生、石ノ森章太郎先生、永井豪先生を始めとして一人の仕事量がハンパじゃ無い。
現在の若手や中堅と言われるクラスの作家でそれほどの量を描いている人はもうそんなに居ないと思う。まして女性作家ではそうそう見かけない。
それくらい沢山描いていた頃は一日に五食食べていた、と里中先生はおっしゃっていた。そんなに食べても寝ないで描いているので太らないのだと。
仕事が忙しかった時のハードさはとても先生の比ではないけれど、私も徹夜が続いている時はモリモリ食べていた。
でも食べた分ブクブクと太ってしまった。
……ハードさも違うだろうけれど食べていた物が違うのだろうか? そう思って質問したところ里中先生から「野菜を沢山入れたシチュー」を作ることを勧められた。
とにかく沢山の野菜と鶏肉でも何でも圧力鍋に入れておいて、お腹が空いたら食べると良いと教えていただいて、漫画家はやっぱり体が資本なのだなと思った。
いくら徹夜だからって手当たり次第に歌舞伎揚げとか肉まんとか食べてちゃ段々に体がもたなくなって来る。
手間いらずで効率よく栄養がとれて消化も良い食事をしながら仕事をしていく…と言う事ですね!! と感激し、心の中でこっそり「漫画家シチュー」と名付けて次回の〆切の時に作ろうと決めた。
きっとどの先生もジャンクな物は口にせず、バランス良く野菜中心の食生活を心掛けていらっしゃるに違いない。私も見習わなきゃ…と思いながらふと見ると里中先生もわたなべ先生もお菓子をチョコチョコ食べているではないか。
しかもこれから大学の仕事で京都へ向かう竹宮先生のバッグに両先生が
「新幹線で食べなさい」
と言いながらガンガンとチョコクッキーだのアメだのおやつを詰めている。
やはり皆さんお菓子が好きなのか。
「チョコレートは本当にすぐ糖分が補給できるから〆切の時いいのよねー」
時間に追われて仕事をして来た人達ならではの発言だ…。
でも…それじゃもしかしてやっぱり若い時分はかなり無茶なこともされていたのではないか。
わたなべ先生をはじめ、どの先生も若々しくて美しい。何十年も〆切に追われて徹夜で仕事をして来たとは思えない元気さである。

お世辞でも何でもなく、本当にその日のメンバーで一番顔色が悪く老け込んでいたのは間違いなく私であった。
お菓子を食べても肌も荒れず太りもしない人と言うのが居るけれど、三人の先生方はどうもそのタイプの女性であるように思う。
だとするといつまでも若々しく美しくスマートなままで漫画家を続けていけるのもひとつの才能なのかも知れない。
美しいものや楽しいこと、切ない恋愛やかっこいい男の子の事をイメージし描き続けている少女漫画家と言うのは私の同世代の人達も皆驚く程に若い。心も瑞々しくいつまでも少女の様な人が多い。
その中でダントツに老けている私は少女漫画家としての資質に欠けるところが有るのかも知れない。
せめて教えていただいた漫画家シチューを常食して少しでも健康に仕事を続けられる様努力する他無いのである。

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食べ物エッセイ『くいいじ』<文藝春秋>より

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