バーベキュー(食べ物エッセイ『くいいじ』より) | MOYOCO ANNO

バーベキュー(食べ物エッセイ『くいいじ』より)

連休だと言うのに毎日仕事をしている。
そもそも連休だと言う事すら気付いていなかったのだ。
庭の紫式部が色づいて来て、そろそろ秋になって行くのかなと思うと、美術館やら映画やら行きたくなって来る。
しかし、どうにも休みが無い。
漫画家と言うのは通勤をしなくても良い職業として広く知られているけれど、その他に自分の好きな時間に起きても良い、一日パジャマで居たけりゃそれも良い、と言う嬉しい特典がいくつか有る。
その代わりに作業工程が長いので、ひとたび仕事が始まると本当に時間が無くなる。
とにかくエンエンと机に向かって作業をしないと終わらないので、外に遊びに行ける回数は少い。
ウチの仕事場も夏は皆でぼんぼり祭に行って鎌倉に一泊し、次の日は花火大会に浴衣でくり出し、海の近くのバーへ行こうとか計画を立てていたのだが、予定通りに仕事が終わらなくて、何ひとつ実現できず終いだった。
こんなにずっと仕事してるのに楽しい事が少いのは悲しい。
秋刀魚のなめろうをお昼に作って食べながら、もう少し涼しくなったら是非、秋のバーベキューに行こうと話が持ち上がった。

会社の上司の家でバーベキュー大会が、と言うセリフを今迄何度も耳にした事がある。
普通の会社ではバーベキューが必須行事なのではないだろうか。
そう言えば、夫の会社にもバーベキューセットが有って、天気の良い時などは大きめのテラスで肉を焼いたりしているらしい。
そうして思い出してみれば十代、二十代の頃は、彼氏がらみでよくバーベキューが有った。

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私は慣れていなくて、テキパキと動き回る女の子達の邪魔をしない様に、それでもそっと野菜を川で冷やしてみたりして、働いているフリなどをしていた。
全く別ジャンルの人達と話をしたり、川原でビールを飲んで水に足をつっこみバシャバシャしたりするのは楽しいものだ。
しかし仕事が忙しくなり、インドア派の夫と結婚してからは、とんとそういった事もしなくなった。

なんだか無性にバーベキューがしたい、と言うとスタッフも皆目を輝かせて、行こう行こうと喜んでいる。余程好きなのだと思い
「みんなバーベキューよくやるの?」
と質問をしてみた。
全員黙ったまま首をかしげたり原稿を見つめたりしている。
「行った事は無いです」
ぼんやりとした表情で答えるナミーン。
そうなのだ。この世はバーベキューをする人とバーベキューをしない人とに分かれるのだ。
休日には仲間達と車に乗って海や山を目指す人と、部屋でゲームしたりDVD観たり漫画読んだりする人。
そうして私達は全員「漫画を描いたりする人」なのである。
私も恋人が行こうと言うから機会に恵まれただけで、本来自分でバーベキューに行く人間では無いのだ。
殆ど行った事が無い三人と、行った事は有るもののいつも人まかせだった為に何ひとつ覚えていない私の四人でバーベキュー。
事態は急速に雲行きが怪しくなって来た。
何を持って行けば良いのか、誰もわからない。
「固形燃料とたき木…?」
それとバーベキューのセットや簡単な椅子も必要だし、焼く為の肉や野菜もクーラーバッグに入れて持って行かなくてはならない。
「電車で行くのは大変かもねー」
あんなに大きいコンロを持って電車に乗っている人は見た事が無いので、車で行くものなのではないか、と言う話になった。
しかし誰が運転するのだろうか。
免許を持っている二人に運転をする気があるのか聞いてみる。
「あります。でも、今迄二回しか運転した事ないです」
「あたしもスクーターで三十キロ走っただけです」
車はやめて、やはり電車にする事にした。
荷物もいっそカセットコンロに変更して、お鍋をつつきつつ奥多摩の澤乃井で日本酒でも飲もう。
そもそも素人なのに、先導者無しでバーベキューをしようと言うのが無謀だった。
持って行くべき物を考えるだけで面倒で、やる気を無くしかけていたので、鍋案は明るく迎えられた。
「でも川に残りとか捨てられないから、お汁は全部飲まないといけないね」
お汁を全部飲むぐらい、どって事無いのだが、ここで又頓挫してしまった。
本当にアウトドアに弱い奴らだ。
このままでは一生行楽に行けない。
「あ!! じゃあホットプレートを持って行きましょう」
そうすれば野菜とお肉持ってくだけで洗い物も楽だし、と言う事になった。
荷物も少いので電車で行けば全員楽しくお酒も飲める。
それを目標に仕事を頑張ろう、と言う事になったが、原稿に目をもどしてふと気が付いた。
コンセントはどこに差すんだ!!!
仕事ばかりしている私達がバーベキューに行ける日は果たして来るのだろうか。

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食べ物エッセイ『くいいじ』<文藝春秋>より

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