豆ご飯(食べ物エッセイ『くいいじ』より)

冬とは行かない迄も、ストーブを焚きたくなる様な肌寒い薄曇りの日が続いて、時折小糠雨が降る。しんしんと冷えて来る。
生姜のきいた出汁に片栗粉でとろ味をつけたつゆのうどんでも食べて暖まりたい、冷えた足を炬燵に入れて、もういっそのこと真冬に逆戻りした気分で生活をしたい。
そんな風に思える日が二日も続くと思えば、次の日は朝のまだ閉まっている雨戸のすき間から漏れる光でわかる程に晴れている。
強い日差しにむせ返る土の匂い。
地中から立ち上る水蒸気と共に様々な虫が飛び出して来てブンブン飛び回り、その虫を追いかければうっすらと汗ばむ。まぶしい太陽と青い空。
夏なのか?!
冬の様な日と夏の様な日が交互にやって来るうちに気付くと一足とびに夏と言うものになっているのだろうか。
異常気象と言われて久しいけれど、心地良くいつまでも眠っていたいと言われたあの春はどこへ行ってしまったのだろうか。
いや、有るには有るけれどもう少し長々と「春」が存在していても良いんじゃないかと思う。
私は春が大好きなのだ。
なぜなら豆ご飯が有るから。
春の新緑をそのままつまんでくるくると丸めた様なグリンピース。
それが水玉模様の如く入っている豆ご飯は春らしい献立に欠かせない。
早ければもう年明けの段階でも手に入るグリンピースだが、早きゃいいってものでも無い。
グリンピース、いや豆ご飯にはシーズンと言うものが有って、それは寒くも暑くも無い丁度良い気候の続く四月五月なのだ。
好きだと言っておいてこう言うのもなんだが、豆ご飯はかなりぼんやりした食べ物だ。
味もそうだけど存在も。
食べるのに適しているのも、アツアツよりは少し熱を飛ばしてぬるくなったあたりじゃないかと思う。フーフーと冷まさないで大丈夫な温度。
食卓においてもメインかと言えばメインはやっぱりおかずになる訳で、おかずの上に豆ご飯か、と言う嬉しさを与えてくれる存在。ほんのりした喜び。
そのスター性もぼんやりしている。
春の気候の良さは、体にストレスを感じないところが最大の特徴であるように、ハッキリしたものが無いところに豆ご飯の醍醐味が有る。
豆ご飯を炊く時は酒と少量の塩を入れるのだけれど、その薄い塩味と豆のこっくりした甘みは実に微妙な味わいの美味しさで、薄い濃厚さとでも言うべきものである(ぼんやりした表現)。
真冬に炬燵でアツアツの物を食べたり、真夏に冷たい麦茶とキュウリの漬物でいただくのでは、もう全くその良さは生きない。
寒暖や温冷がハッキリしていては、豆ご飯のほんわか風味を味わい尽くす事が出来ないのである。

それでは、豆ご飯を味わい尽くすには一体どの様な食べ方が最良なのであろうか。
気温、気候などは決定しているけれど出来れば昼食にいただきたいと考える。
しかも午前、午後共に忙しい用事など無い日であって欲しい。
日記を付けていたとしたら書く事が何も無く、「昼食、豆ご飯」とだけ記す様な日の昼間。
あの頃…結構忙しかったハズだけどあの日って何してたんだっけ?
と、後で首をかしげる様な日の午前中。
ほぼ無意識のままになんとなく豆を買いに出掛けて、道すがらおかずを考える。
ここが難しいのだけれど、豆ご飯は主役であって主役でないぼんやりしたスターなのだから、当然おかずの「主役」がいる。
しかしここでそれをガッチリ作ってしまうと、ただでさえぼんやりしがちな人のよい豆ご飯さんの影が今度は薄くなり過ぎてしまう。
ここはひとつ少し引き気味に「出来合い」の物で済ませたい。
焼き魚も良いけれど、グリンピースと相性が良いのはどうも肉料理や揚げ物な気がするのでコロッケなんかでも良いかも知れない。
しかしグリンピースの中身のホッコリ感を大切にする事を考えるとお芋が主材料のコロッケではキャラクターがかぶるし、カツは重すぎる。
メンチカツあたりのぬるい感じがまた良いかも知れない。
その他は若竹煮やらほうれん草のおひたし、人参の胡麻和えなどアッサリした野菜のおかずを二、三種そろえるが、どれも手間をかけずに作れるものでありながら存在感の有る物で固めたい。
全体に「どっちが主役なの?…」と言うぼんやり感を持たせ、お味噌汁は思い切って…「朝の残り」と言う大技を使う。
これくらいのぬるさがまた、炊きたてで生まれたてみたいな顔をした豆ご飯をうまく引き立てるのである。
その事を見越して朝の味噌汁は豆腐とお揚げのシンプルなものを多めに作っておく。長葱だけは新しく刻んで入れてあげるのだ。
料理本に出てくる様な美しい春の献立の中では豆ご飯は堪能できない。
全てがぬるま湯の様な舞台でこそ生きる主役と言うことも有る。
それでは私はこれから豆を買いに行くので失礼する。

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食べ物エッセイ『くいいじ』<文藝春秋>より

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