『季刊エス』インタビューより④ー安野モヨコが描く変態とは?ー

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―なるほど、気になるところですよね。変態というのは、作中では「自分の欲望の形を見つけた人」として描かれていますね。

安野:尊敬の念があるからね。普通の人は「自分はどうしてもこれがやりたい!」なんて思わずに、ぼんやりしたセックスをしているでしょう。それに対して、「どうしてもこうじゃないと嫌なんだ!」というのは、凄いことだと思うんです。

―先ほど、パリにデパートが初めて出来たというお話をしましたが、「服が欲しい!」という欲望は現代にもつながるとして、よく考えると本当にその服が欲しいのか?次々買っては捨てるような、代わりのある欲望に対して、紳士の「唯一の欲望」という対比が印象的でした。

安野:純粋なんだよね。だって、代わり映えなくずっとそれを求めるわけじゃない?女の子たちは、「みんなが持っているから」という理由で新しいものを欲しがったりするけど、それは逆に「薄い」というか、単純な欲望かもしれない。

―安野さんが以前言っていたことをよく覚えています。「自分へのご褒美」でスイーツを食べたり、ショッピングをする人がいるけど、それで満たされなかったとしたら、本当は求めていないんじゃないか、と。心を癒すにも、自分が本当に好きで、本当に幸せになるものは何かを見つけることが大事だって。

安野:もちろんスイーツだって、目の色が変わるくらい、地の果てまで行く人がいるじゃない。そういう人は本当に満足していると思うけど、ぼやっとした感じで「パンケーキ食べたい♪」みたいな子は、本当に嬉しいのかちょっと分からない。

―意外とそういう人が、変態的なまでにスイーツを求めている人を「気持ち悪い」とか言いますしね(笑)。

安野:そう。おかしいでしょ? 純粋に「スイーツが好き」という気持ちの結晶みたいなものを持っている人のほうが正しいと思うんです。それこそ私生活に支障をきたすレベルだと思うんだよね。確かにバランスを取ってぼんやりしている方が、生きていくには良いと思うけど。でも、本気な人に対する尊敬…とまでは行かなくても、尊重はするべきだと思う。結局は自分の心をいかに観察しているかだと思うんです。「これが好きなんだ!」と、ハッキリ分かっている人は凄い。周りはぜんぜん見ないで、自分の内部に集中しているというのは、禅の修行に近いものがあるよね。内観法みたいな。

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