追加注文 (食べ物エッセイ『くいいじ』より) | MOYOCO ANNO

追加注文 (食べ物エッセイ『くいいじ』より)

8回追加注文

昨夜は担当編集者とスタッフの四人で食事をした。
そうしてまたやってしまった。
「追加注文」をして多すぎると言う失敗だ。
一皿の量が多いと言う話の店だったので、前菜を二つ、パスタを二種、そしてメインは大皿の魚を取って全員で分けて食べる事にしてお店の人に聞いてみるとそれで丁度いい量だ、と言う。
そもそもここはアメリカである。
取材も兼ねた社員旅行で来たのだが、ウチのスタッフであるミナちゃんとナミーンは決して少食では無いものの食べ過ぎたり体調が悪いと割と胃に来るタイプ。
ミナちゃんは旅行前にかかりつけのお医者から胃薬を持たされている。
アメリカの食事は油分も多いし何と言っても量が多い。
到着した日に入ったアイリッシュレストランでも小さめのバケツに入って出て来たポテトを四人で半分食べるのがやっとであったし、案の定その後胃薬のお世話になったばかりだ。
その事も踏まえてのオーダーであったが前菜が来て驚いた。
とても少い量なのだ。
注文時に四人で取り分ける事は伝えてあったので既に取り分けた状態で運ばれて来たのかと思った。それぐらい少い。
続けて来たパスタを取り分けながら
「全く足りない。追加しよう!!」
と言う事になった。
徹夜で仕事を終わらせ出発し、到着した日もそのまま街に出て夜遅くまで飲んだりしていたので、昨日は昼過ぎまで寝ていて朝から殆ど食べていない。
食事前からかなり空腹を訴えたり
「今日は沢山食べたい」
と、しつこく決意表明をしていた私だ。
本当はメインも魚とロブスターで、と言う予定だったのに店の人が魚までで充分な量であると言うのでロブスターを取りやめたのだ。
日本人はこれくらいしか食べられないだろう、と思ったのだろうか。
バカにしてもらっちゃ困る。
今でこそ年齢とダイエットを考えて、〝普通よりちょっと食べる〟程度の立ち位置に甘んじて居るが、かつては洗面器くらいある大皿の焼きそばもペロリと平らげていたのだ。
前菜二種とパスタ二種はひとつの皿に盛り合わせられるくらいの量で、この後来る魚も四人で分けるんだからロブスターどころかステーキぐらいイケるんじゃないかと思った。
今すぐロブスターを持って来い!!
怒り出すくらいの勢いで追加注文を済ますとしばらくしてメインの魚が到着した。
ますの一種らしき白身の魚をオリーブオイルとレモン等のシンプルな味付けで焼いてもらったのはいいけれど、それこそお盆の如き大皿にはみ出さんばかりの巨大な魚である。
一瞬ひるんだけれど給仕の人が大きなナイフとフォークでそれを分け始めるとホッとした。結局一人分はスーパーで売っているかじきやさばの切り身くらいのサイズだ。しかも日本人からすると
「え…そこ捨てちゃうの?」
と思うようなヒレ部分や皮もガンガン取りのぞいてしまう。皮をはがす時にも美味しそうなはじっこの身がいくつもほぐれて失われた。
思わず手をのばしてつまみそうになる程沢山の食べられる部品を残したままに、魚の取り分けが完了すると更にローストした野菜(芋とズッキーニとトマトの三種)が添えられる。
芋が軽く二個分くらいは有るようだがこれくらいなら全く問題無い。
ほど無くロブスターも到着したので喜んで食べ始めた。
新しめのホテルの中のイタリアンなので、アメリカでは有るけれどとても美味しい。
こんなのペロリだ。
…と思って食べていたのだけど、どうも様子がおかしい。
スタッフの二人は付け合わせの野菜がどうにも食べ切れず残しているし担当者と私は完食したもののかなりお腹が一杯だ。
そうしてよく見るとお皿自体が巨大だ、と言う事に気が付いた。だから料理が少く見えていたのだと言う事にも。
大きいのは魚だけでは無かったのだ。
皿のひとつひとつが日本の通常のものよりかなり大きいのだ。
しかもそれが並べられているテーブル自体も大きいのでそんなに大きい事を意識しなかった。全部がでっかいのである。
考えてみれば食事前のマティーニも二・五倍くらいある巨大なグラスに梅くらいのオリーブがゴロンと入っていた。
アメリカの食事が大量である事は知っていたし、旅行に来たのも一度や二度では無いのだけれど改めてその大きさに感心した。
そうして同時に小さなお皿やお碗にコマゴマとしたおかずを盛って、小さなテーブルに並べてちんまりと御飯を食べる日本の可愛らしい食事を想った。
お魚はすみずみまで綺麗に食べて残さないし野菜も皮まで使う。それは貧しいからでは無くてスタイルだ。
食べ過ぎて夜になっても寝付かれず何度も寝返りをうってはそんな事を考えた。
そうしていながらも、アメリカにいる自分達が中学校に迷い込んだ小学生のように小さなものに感じられて仕方がないのだった。

8回追加注文 (2)

 

・食べ物エッセイ『くいいじ』<文藝春秋>より
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