【寄稿】 いつか「なくなる」からこそ、今を愛でたい。日々の積み重ねを色彩豊かに描く『オチビサン』
マンガレビューサイト「マンガHONZ」からオチビサンの担当編集者・山田さんの文章を再掲載です。
長年オチビサンと触れ合ってきた山田さんだから思う「可愛らしいだけでない」オチビサンの魅力とは??
個人的に「良い本だなあ」と思うのは、読んでいる時に「この人も楽しく読んでくれそうだな」と、共有したくなる人の顔が浮かぶ本である。
『オチビサン』は、まさにそういった本だ。読みながら実家の祖母や中学からの友人、甥っ子、いろんな顔が次から次へと浮かび上がる。
鎌倉の豆粒町に住むオチビサンは、いつも元気いっぱいで晴れの日も雨の日も、外に飛び出して、植物を愛で、虫を見つけ出し、読書好きの「ナゼニ」やパンが大好きな「パンくい」と町を駆け回る。それを温かく見守るのが「おじい」。いたずら好きの「ジャック」も時折、顔を出す。その一年間の様子を描く、色彩豊かな一冊である。
四季を通しての一年間をほのぼの描いている、だけの本ではない。花が咲けばいずれ枯れるように、『オチビサン』は、「喪失」ということをどこか意識しながら過ごしているように思う。「なくなる」からこそ、今の時期にある植物や食べ物、風景をしっかり愛でよう、楽しもう、という力がある。読んでいると、その「力」が伝染する。
綿ぼうしは吹けば壊れてしまう。古い家は壊される。たくさんの生き物の気配で賑やかな秋の里山も、冬になれば静寂に包まれ、春には様々な植物が芽吹く。
花の名前をもっと知りたくなる。雨が降った時の楽しみを知る。読み終えた後で、自分の生活が少し変わる気がする。そういう本だと思う。
『オチビサン』は朝日新聞に連載(現在は「AERA」で連載中)された1ページ漫画をまとめた本だが、4巻以降は各巻ごとに描き下ろしの長篇が掲載されており、その作品が連載時の世界観をさらに広げている。
7巻から登場するウサギの「アカメちゃん」は泣き虫であまり言葉を発さない。どこから来たのかもわからない。だが、描き下ろしの部分で、どうして豆粒町に来たのか、どうして泣いているのか明かされる。普段のアカメちゃんからは想像もできなかった出来事が。
もう一つの「おじいとジャック」もそう。猫のジャックはいつもおじいにいたずらをする。だが、おじいは困りながらもどこか温かく見守っている様子があった。その理由が、今回分かった。ちょっかいをかけるのは「ある」きっかけがあったことを。この物語も「喪失」が重要なテーマだ。
普段、生活をしていて、会う人会う人に心を開いて過ごしているわけではない。だが、日々を一緒に過ごすことによって、少しずつ理解しあって、打ち解けあって、相手を思うようになるのだと、『オチビサン』を開くたびに思う。誰かが病気になれば自然と集まる。一人でいたい時もある。そういった日々の積み重ねで生きているんだよなあ、と気づかされる。
どの巻からでも楽しめるので、7巻を先に読んでもよいが、やはり1巻から読むと、7回四季を過ごしたオチビサンの成長と、豆粒町の住人たちの距離感が少しずつ近づいていく様子が垣間見える。今回で新聞連載版の完結ともなるため、全7巻のまとめ読みをこの機会にぜひ。オチビサンは料理好きでもあり、今回は枝豆のおいしい茹で方とおいしいゆで玉子の作り方が載っている。実用的でもあるのだ。そして同時発売されたオチビサンの言葉集『笑う手伝いはできても流したなみだを消すことはできないんだ』も合わせて読めば、可愛らしいだけではない「オチビサン」の魅力にひたれるはずである。
疲れていて本なんかとても読めない、という時がある。そういう時にこそ手に取っていただきたい。
(朝日新聞出版 書籍編集部 山田京子)