カボチャとの対峙(食べ物エッセイ『くいいじ』より) | MOYOCO ANNO

カボチャとの対峙(食べ物エッセイ『くいいじ』より)

薄がけの布団から出た足先が冷たくて目が覚める。
ひんやりとした朝の空気にしんみりと木の葉の香りを感じる。秋になって来た。
秋刀魚に秋茄子、様々な種類のきのこ達。
秋は美味しい物が沢山出回る本当に素敵な季節だ。
しかしながら例の「ホクホクした甘い野菜」達も旬を迎える。

仕事場では漫画担当の女性編集者が「モンブランを食べまくるので秋は忙しい」等と真顔で話して居るし、スタッフの女の子達は栗やら南瓜やらのお菓子に目をギラつかせ…いや輝かせている。
しつこい様だが私はイモ・クリ・ナンキンが苦手なのである。
お菓子であれば少しは食べるけど、野菜としては未だ苦手な食材だ。
根菜類は体を温める作用が有るので秋に食べるのは理に適っているし、朝、足の冷たさで目が覚める様な人間は食べた方が良い。
と、わかっちゃいるけど自分が苦手な食材と言うのはなかなか買わないものだ。
実際私は自分で南瓜を買った事が無い。
当然料理をした事も無い。
いや、実は一度だけ有る。
しかしそれは料理、と言うか「南瓜との対峙」の様な出来事であった。

実家に居た頃から母が台所に立っていても自分の苦手な食材だと手伝うどころか、作る所を見てもいなかったので一体どうやって調理するものなのか皆目見当がつかない。そんな南瓜と言う物を、ふと使ってみようと思ったのはひとり暮らしを始めた年の秋。
初めての自分のキッチンが嬉しくて、作った事の無い料理に挑戦しては喜んでいた時期であった。
スーパーで安い外国産の南瓜を半分、買って来た。
半分でも多い様な気がしたが、それでも小さめだったのでラップをはがして種を取った。
一瞬、「うまく料理できたとしても食べ切れないかも知れない」と言う思いが頭をかすめたが、ここでひるんではいけない。
放置したら最後、腐らせる迄手を付けないであろう事も想像がつく。
だが、種を取った所でぼんやりしてしまった。
一体皮はむくのだろうか? この鎧の様な皮を。特撮ヒーローものに「怪人カボチャ男」が出て来たらきっとこんなボコボコした鎧に違いない、この皮。
記憶の中の煮付けの姿は確か深緑の皮が付いていた…様な気がする。
皮付きの方向で、と勝手に決めてザクザクと切った。
苦手な食材の料理なので、いちいち覚悟が必要だ。
その後は鍋に放り込み、水をひたひたに入れて、とにかく煮てみた。炊きあがった所でどうするか考えよう。
しかし…出来上がったのはホクホクどころか水でべちゃべちゃのシャビシャビになった無残な南瓜の水煮であった。ひと口かじるとまずい事この上ない。
その時点で泣きそうになったが、捨てる訳には行かない。もったい無いオバケが出るからだ。
それに私は失敗した~と思った料理を何とか食べられる状態に持って行く事にかけて自信を持っていた(それだけ失敗していると言う事だが)。
気を取り直して木べらでマッシュにしてみた。でもつぶし終わってもどうにもならない。水っぽいので小麦粉を足してみた。更に訳のわからない物になって行く。チーズも入れてみる。「この南瓜をどうしたいのか」と言う展望が全く無いので、どんどんおかしな方向へ行って修正がきかない。
しまいにはパン生地の様なブツが出来たので、とりあえずフライパンで焼いてみたが、更に意味不明な物体に変化しただけであった。
こいつが突如生命を持ち動き出したらどうしよう。不気味な料理をした事に対して怒った南瓜が怪人カボチャ男となって復讐してくるのでは無いか…。
このままでは危い…と焦った私はまだボウルに一杯残っている黄色の塊をラップに包んで冷凍庫へしまった。捨てる勇気すら無かったのだ。
こうして南瓜との初戦は大敗を喫して終了した。
この時私は料理において素材への愛情がいかに大切かと言う事を学んだ。
「これを食べたい!!」と言う思い無くして料理をしてはいけないのである。

それ以来南瓜の料理をした事が無いまま十年以上経ってしまったが、今年になって知り合いから立派な南瓜を丸ごと一個もらってしまった。
リベンジのチャンスではあったが、寝込んでいたこともあって放置。
そのうち妹が見舞に来て、煮てくれた。
仕上がったのは水気も無くほっこりと炊き上がった南瓜だった。
ひと口食べてみてその美味しさに目を見張った。有機農法で作られたせいもあるだろうけど妹の煮方が本当に上手であった。こつは水を少くして酒を入れ、少し塩を入れるだけだと言う。それだけでこんなに美味しく仕上がるのか…。驚いたがひとり納得もした。
彼女は南瓜が大好物なのだ。
きっと深い愛情を持って煮たのに違いない。
私も見習おう。
今年こそ、美味しい南瓜を煮てみたい、と今は思っている。
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食べ物エッセイ『くいいじ』<文藝春秋>より

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