トッピング(食べ物エッセイ『くいいじ』より) | MOYOCO ANNO

トッピング(食べ物エッセイ『くいいじ』より)

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本当にこの年になってどうかと思うが、食べ物屋さんに入った時隣の人が何を頼んだかが気になって仕方ない。
しかもどう言う訳か蕎麦屋とかうどん屋などで特にその傾向が強い。
寿司屋ではたいして気にならないのに何故か。イタリアンやフレンチに到っては全く気にならない。
いや、よく考えてみると特に気にしているのはどうやらうどんだ。
そして何が気になるのかと言えば「トッピング」だ。
うどん屋と言うのは最近の店であればある程、素うどんに自分で具を選ぶスタイルが多い。
普通の温かいうどん、釜あげ、冷たいうどんなどを選んだら天ぷらやら卵やらをチョイスして自分好みのメニューを作れてしまう。
そうして私はこう言うところに行くとどれも入れたくなってしまって駄目なのである。
まず最初に天ぷらを入れようかなと考える。大好きなエビ天。
でもそれでは野菜が無い。野菜の天ぷらも入れるか。天ぷらが多すぎかしら。カロリーが気になる。
そうだ、ここはひとつわかめのように健康的なものを入れて…天ぷらとわかめじゃ変かな。いっその事超ヘルシーにわかめだけ!!
いや…それじゃ寂しいよ。
とろろも入れよう。そうだ、とろろとわかめで健康的に。
うーん…健康的すぎるからやっぱりエビ天も入れてしまおうか。
と、気が付けばとろろとわかめ、その上に天ぷらと言う奇妙なうどんが完成してしまう。
気持ちはわかるけど…と我ながらたしなめたくなるセンスの悪さ。
欲望が美意識に勝つとこう言う事になる。

そうして私が決めた方法は「ヘルシー系トッピング」と「欲望系トッピング」を明確に分け、「今日はヘルシーで!」と決めたら迷わないようにすると言うものだった。
…普通は皆さくさくそうしているのかも知れないが私は決めないと出来ない。
二日酔いの日にはわかめと梅干し。もしくは浅蜊と長葱。
そんな風に自分内ルールが出来上がって迷わなくなったのは良いけれど、そもそもうどんをそんなにしょっちゅう食べないのである。
月に一回行くかどうか。
それなのにその様なルールを決めてしまうとどう言う事になるか。
いつも同じものを頼む事になってしまう。違いと言えば卵を落とすかどうかだけ。
もう毎回毎回わかめ梅かねぎ浅蜊。
本当は他のも食べてみたいのだけど、迷ったあげくに変なうどんになると困る。
そうやって我慢をするから他の人のうどんが気になって仕方が無いのだ。
人によって本当に選び方がまちまちで、それが面白いと言うのも有るのだけど今日隣に居たカップルの男の子は麦とろ御飯を頼んでいた。
その子は店に入って席に着くまでの間、夫の食べている麦とろ御飯に目を奪われていたので、きっと頼むだろうな、と思っていた。
この男の子の様に目に入ったものを食べたい、と感じて注文するのは「人の心の欲望の動き」がストレートに出ていて面白い。
そうして私は自分の「ごまねぎうどん、浅蜊入り」を食べながらもカップルの女の子の方が「かしわうどん」に「かきあげ天ぷら」を載っけているのをじいっと見てしまった。
スゴい…肉のうどんに小エビの入ったかきあげを選ぶなんて…!!
欲望クイーンぶりに憧れる。
そうして自分のうどんに戻りつつも
「次に来たらあたしも欲望のうどんを頼もう…誰に遠慮がいるものか」
と、思った。
誰にも遠慮はしていない。自分の肥満を気遣っているだけなのだが、こうしてうどんへの欲求不満をためていてもいい事も無い。
食べたい物を毎日素直に食べていれば、欲望が蓄積された、変な食欲に支配されずに済むのである。
次に食べる時はきっと…「かしわうどん」に「かきあげ天ぷら」をトッピングしたいと思っている。

 

・食べ物エッセイ『くいいじ』<文藝春秋>より

 

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